続・デザインの対価の話

2013年2月15日

昨日のあなたにとって「プロフェッショナル」とは?の記事。
そこそこ色んな人から「読んだよ〜」とか「共感したー」と言ってもらえて嬉しかった。

あれから思うことがあったので、ちょっと続編的なものを書いてみます。

今日Twitterで流れてたユーレカの日々[19]「デザインはなぜ無報酬とされたのか」も是非一読ください。僕の言いたいことを100倍しっかり解説してくれてます。
そうそう、こういうことが言いたかった。

いくつか抜粋させてもらいますと…

「デザインとは設計である」

そうそう、前職でISO9001とったときもデザイン部門は設計と分類されてたけど、あながち間違いじゃなかったのね。デザインってセンスも必要だけど「芸術」じゃないんですよ。理論と法則に基づいたセンスある「設計」が正しい。

ボランティアとは自発的に行動するもので、募集するものではない

本文にも書かれていますが、災害ボランティアといった狭義的な意味のボランティアでなく、大阪の例の問題のような「これ、ボランティアでやってくれる人募集しまーす」は確かに違和感が感じまくり。

ボランティアしよう!

昨日書かなかったことですが、僕の場合、無償で(報酬を期待せず)デザインすることも多いです。

その条件としてはシンプルで「そのデザインをやりたいと思ったとき」

超絶セルフィッシュな発想ですが、こーいう説明が一番わかりやすいかなーと。

やりたいもののデザインをするってのは、僕の場合、好きなゲームをしたり、買い物をしたり、写真を撮ったりするような感じで、その行為自体が余暇の楽しみのようなもの。そして、そういうマインドで作ったものは疲れる間もなく完成し、作る前から良いものが出来る予感がして、さらに作った相手がすごい喜んでくれて、また嬉しい。

作る相手と、作るものと、その背景や関係など、全てを把握してるから、その行為自体がどういう風に進むかも想像出来て、全くストレスも感じない。具体的な例だと、親友の名刺を作ってあげたり、お世話になった人に似顔絵アイコンを作ったりといったことです。

こういったボランティア(という言い方が適切かわかりませんが)は積極的にした方が良いと思います。その時、報酬に繋がらなくても、その出来や対応から、仕事につながることが多いからです。あなたが「ボランティアをしたい」と思った相手だから「他の友達も無料(タダ)でやってよ!」とか言う相手ではないはずです。さらに、言うまでもなく練習でない本番の経験が無料で出来るのは、特に若手の内だと大きなことだと思います。

積極的に営業しよう!

散々ボランティアの話をしておいてアレですが、逆の話もします。

日本人は「和を乱さない」という素晴らしい国民性からか、作業の費用について積極的にアピールしない気がします。私は、積極的にアピールして「この作業は通常このくらい費用がかかるんだよ!」ということを一般人にも広めましょう。世のため人のため、業界のためです。途中で作業が増えても「予算ないから、お願い!」とかなりますが、そこで流されてしまってはワーキングプアまっしぐら!ですよ。

デザイナーたるもの、しっかり対価を要求して、その分しっかりした成果をあげるべきだと思っています。

成果をあげる自信がないなら、デザイナーはやめたほうがいいです。そんな甘い職種ではない、むしろ実力主義のセカイだと思います。

今日はこのへんで。

ツイートツイート

Leave a Comment

WP-SpamFree by Pole Position Marketing